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©2019年5月31日

御国で礼拝

コーディ・アーチャー

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最近礼拝の時に、部屋を見回してみたところ、人々の表情がとてもシリアスである事に気付きました。私は、これは何か違うのではないかと思いました。私たちは世界の国々が御国にあって、永遠にイェシュアを愛し、礼拝し続けるという内容を讃美していたのです。この事を想像しながら、私は大きなスマイルを浮かべていたので、他の方全てにも同じ喜びを感じて欲しいと思いました。(週のうち、私が一番高いレベルの喜びを感じるのは、団体で礼拝している時です)。

新しい「普通」

次は、聖霊さまが私に与えてくださったと思われるあるイメージが、御国の国民として受け取る恩恵として、私の内側で形成され始めました。私たちがイェシュアを信じるのは、私たちが救われ、自分の罪から立ち返り、許しと新しい市民権を受け取るためだと思っています(ピリピ3:20)。そして、主の御国へ足を一歩踏み入れます。新たな、驚くべき現実に向かって転換するのです。ボロ布のようなものから永遠なる豊かさへ!

罪、病い、自己中心、絶望...、もはやこれらは私たちが相続するものではありません。私たちは、いのちとそれが豊かに満たされた状態が含まれている、新たな「普通」へと入ります(ヨハネ10:10)。聖霊さまにあって、癒し、愛、喜び、義、平安等が新しい規範となるのです(ローマ14:17)。

団体での礼拝

イェシュアの御国で自分が立っていることをイメージし、私とともに礼拝している周りの人々を見ると、彼らの顔には喜びだけが表れています。溢れんばかりの豊かな表現が、礼拝の「普通」で、不機嫌な表情は存在しません。喜びの叫びと讃美が、邪魔されることのない王への踊りとともにあります。

私たちは御国の現実が完全となるまで、その様な礼拝方法をガマンして待っている必要はないと、主が仰られたように思いました。むしろ主は、私たちが今この人生の試練中にあって、心から礼拝することをとても喜んでおられます。この子供のような心で行う礼拝によって、主は心を動かされます(マタイ18:3-4)。問題は私たちが、既に新たな御国の現実に到っている事を、それほど簡単に忘れてしまう事なのです。人間の意見や、私たちの肉的な欲望との闘い、悪霊による抵抗は、いとも簡単に、信仰の満ちた私たちの礼拝のひと時(団体であれ個人であれ)を乗っ取ってしまいます。

選択する

今この世にあって、活気に溢れた礼拝の中で私たちの自由意志を行使することは、ユニークで一時的な原動力となります。いつか私たちは復活した身体が与えられ、今私たちが感じている抵抗感は感じなくなります。私たちの身体と魂の闘いは終わりを迎えます。そして王への礼拝はもっと簡単で、自然なものとなります。

ということで、私からの励ましはこちらです:私たち自身が、今現在主の御国の中にあって、それに従って生きています!天の御座の周りで毎日24時間起こっている溢れんばかりの礼拝に、私たちも参加し、それを地上に迎え入れましょう。そして他の人たちがどう思おうと、何を言おうと 、気にしないことです。あなたの礼拝は彼らに対する見世物ではなく、唯一なる方へのものだからです。

弱さや誘惑を感じていても、朝から最低の日であっても、私たちは独りで、または他の人たちとともに、主への愛の犠牲と讃美を捧げ、最高の礼拝を行う事を選び取って行くことができるのです。主はこれらあなたの選択を、心の中に温めて、憶えていてくださいます。

*落ち込んでいる日でも、礼拝の中で楽に過ごすためのヒント:それは歌いながらスマイルを選び取ることです。あなたの感情が流れ始めるまで、スマイルを止めないでください。御国の国民としてあなたが与えられている恩恵について、神さまに感謝し、否定的な感情をやり過ごすよう選び取る事で、あなたは王なる方との親密な関係を築くための変革するひとときを持つことになるのです!


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