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2018年9月21日

7つ目のラッパと携挙(パート2) 

ダニエル・ジャスター、博士(神学)ティックン・グローバル、Restoration from Zion(シオンから来る回復)

shofar

5. 黙示録14章で、多くの学者が歴史的にも、これは聖徒の携挙と復活だと述べてきた事が描かれています。そこには2人の御使いが登場し、1人は、義人の収穫であると思われる、地の収穫を行い(14:16)、もう1人は、神の怒りの酒ぶねにぶどうを集めます。この事は、神の怒りは艱難期の終わりにおいて、非常に短期間である考えと合いますが、それは私たちとは関係ありません。それはラッパの祭りとヨム・キプル(贖罪の日)の間の期間に合致するのです。

神の怒りの前に携挙がある説を信じるという人々は、これに対する支持を見出します。彼らの内のある人々は艱難中携挙説や神の怒りの前携挙説を唱えていますが、これは艱難期を7年間だと間違えていて、7つのラッパと調和させてしまっています、一方聖書によると3年半の間、つまり7年間の半分となっています。よって私たちがイスラエルを救うために彼とともに天から戻って来るのと同時に、怒りの鉢は最後の最後に来て、現れます。そこには主が、イスラエルを亡ぼそうと集まってきた国々の軍勢を殲滅する光景も含まれているのです。(黙示録19, ヨエル3; ゼカリヤ12, 14章)。

6. 7つ目の角笛の見方は、国々の軍勢が破壊された後に何が起こるかという事と、再び合致します。ラッパの祭り/ユダヤ伝統の正月は「畏れの日々--ロシュ・ハシャナ〜ヨム・キプル間の裁きの日々」へと続きますが、ヨム・キプルには悔い改めの最終日があります。という訳でエルサレムに、イスラエル、他の国々には大いなるヨム・キプルがあります。

それは携挙と復活の後に来るイェシュアの地上再臨は、携挙されなかった人々の悔い改めに繋がるように見えます。これは、イスラエルの全ての種族が嘆くというゼカリヤ12:10-14のイメージに重なります。彼らが突き刺した方、主を見て、彼のために彼らは嘆きます。これは彼らが天に浮かんだ映像で彼を見たというよりも、主が文字通りここにいて、地上で見られるのです。ある人々は、これが携挙前にイスラエルが悔い改める事だと見ていますが、戦争時には全ての人が嘆いているというイメージは合いません、むしろ闘うモードになっていると思われるため、私は最終戦争とイスラエルの救いが先に来ると考えます。確かに、これはイスラエルがその生身の身体で嘆き、最初からずっと主がそのお方、彼らのメシアで救い主だと気付くという光景なのです。これらのイメージで、ヨム・キプルは携挙と復活の後に続くという事が合います。

7. ヨム・キプルの終わりには、角笛が吹き鳴らされます。それはもしかしたら、この時代の最後となり、次の時代の幕開けとなるかも知れません。レビ25:10-12には、ヨム・キプルの日に鳴らされる角笛は、ヨベルの年を告げ知らせます。確かにイスラエルと国々は悔い改め、全てが共にスコット(仮庵の祭り)を祝う事が出来るのです(ゼカリヤ14:16)。千年紀最初の仮庵は、メシアの花嫁がメシアと一つとなる祝賀/小羊の婚宴として合致しているのです。

よって、この意味において、ヨム・キプルの角笛は携挙と復活ではなく、古い時代を終わらせ、千年紀を始め、メシアと、イスラエルと国々を治めるユダヤ人と異邦人による支配の幕を開く、ヨベルの角笛であるべきなのです。携挙の角笛は、悔い改めの後ヨム・キプルの終わりに吹かれる平和の時代を告げ知らせる角笛ではなく、7つ目のものであり、同時に黙示録19とゼカリヤ14章の最後の審判と、そこで展開される最後の闘いを告げ知らせるものなのです。


恵みと好意の霊

Asher

アシェル・イントレータが、いつエルサレムが国々にとってのつまずきの石となるのか、同時に恵みと好意の霊が注がれる事についてお話ししています。
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オランダ語、フランス語、ポルトガル語の字幕があります。