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2017年12月15日

患難に対する姿勢

アシェル・イントレータ

windy

「患難」と聞くと、多くの方は直ぐに終末のシナリオについて思い浮かべます。しかし私たちは逆境に対する総合的な姿勢についても、注意する必要があります。問題に遭遇した時、普通のクリスチャンはどのように反応するのでしょうか?

新約聖書ギリシャ語のthlipsisスリプシスという語は「患難、苦痛/災難、困り事、苦悩、迫害、負担、重圧」というように訳されますが、これは新約原本には45回でてきます。それら言及箇所について調べてみたところ、7回はその質問に該当せず;38回は、患難にあって力づけられ、助けられ、励まされ、救われた事であり;信仰者は患難に遭う事もなく、患難を取扱う必要が無くなるように社会から隔離されるというような約束は、0回でした。

45回–thlipsis患難:7 無関係;38 助け-励まし-救出;0 敬遠-隔離。

45-7-38-0

ヘブライ語で同じ意味の言葉を צרה, tsarah ツァラーと言い、「困り事、苦悩、逆境、激しい苦痛、厳しさ」と訳されます。旧約のモーセ五書と預言書には、73回出てきます。同じく簡単に調べてみたところ、3回は関連性がなく、1回は回避、または敬遠に終わり、69回は困難にあって、神に叫び、守られ、救出され、力づけられていました。詩篇の中の多くは、困難の中で神に向かって叫んでいるものです。ヘブライ的概念における救いとは、敵の攻撃にあって救出されることであり、守られることです。

73回 – ツァラー困難:3回無関係;69回助け、救出、1回敬遠、隔離。

73-3-69-1

独りではない

私たちの信仰におけるひとつの側面は、数々の問題を取扱うことです。神さまは特に問題の中に臨在されます(詩篇46:1, 91:15)。不道徳が世界的に広く受け入れられている文化となっているため、正しく生きようとする考えは困難に阻まれます。  

私が心配している事のひとつは「患難前携挙」説は、その間違った終末論に留まらず、困難に対する総合的な姿勢についてなのです。信仰は、私たちが問題の只中にある時に助けとなります。神さまは試練や患難の中で、私たちを救出されるのです。難しい状況に対し忠実さと忍耐をもって対処していく中で、品性が練られるのです。リバイバルは多くの場合、迫害を伴います。

あなたは何のタネ?

患難に対する対処法がわからない人は、マタイ13:21:「しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。」でイェシュアが喩えた2つ目の種のようになってしまいます。

「患難前携挙説」も「快楽のみ」タイプのメッセージも、これから起る患難期を耐える事が出来ない、根も持たず、品性のない信者を作り上げてしまいます。多くがイェシュアの喩え話しのように直ぐに脱落してしまいます。信仰により患難に対処し、日々救われる経験で神さまの力を知る事は、私たちの世代において非常に重要なのです。

使徒14:22 – 「弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」と言った。」

聖書の全てのメッセージは、私たちが困難を経験する時に驚くべき力を与えてくれます。つまり、私たちは困難を回避することによってではなく、困難の只中にあって、勝利を得るのです。


復活を預言する

Asher Intrater

「復活があるのなら、聖書にはそう書いていないのでしょうか?」 ありますとも!見ていきましょう。

こちらをご覧ください! https:

デンマーク語、オランダ語、英語、フランス語、韓国語、ポーランド語、ポルトガル語、スペイン語の字幕があります! 


最も予期していないタイミング

エディ・サントロ

office

最近、腫瘍科のお医者さんにその前に撮ったMRIの結果を聞くため、病院の予約を取ってあったので行ってきました(感謝なことに、結果はこれ以上望めない程良かったのです。引き続きお祈りください!)。そこで待っていた殆んどの方が何かしらの癌に冒されていました。もう2年以上もの間、そこで診察を待つ間、主とその愛についてシェアしてきました。彼ら皆さんを見る度に、私は立ち上がりさえして、皆に私の証しをする事をイメージしてきました。 先週までこの事は、私の心の中の幻想に過ぎませんでした。

オリットは素晴らしく寛大な、感じの良い女性で、待合室の皆さんに飲み物を準備してくれています。彼女はとても宗教心の厚い方でもあり、私はよく彼女に何回かシェアして来ました。その日も彼女に私の証しを思い出させるよう語り、イェシュアに栄光を捧げました。その時驚いた事に、彼女は深い感謝をもって私を見つめ、「ここにおられる全ての方が、あなたの証しを聴く必要があります!」と言ったのです。彼女は待合室の真ん中に立ち、そこにいる皆に向かって私の話しに耳を傾けるよう呼び掛けました。

私は前に出て、それから5分間、私がどの様に医師から脳腫瘍の診断され、それが急速に私の身体を蝕み死に至らせる可能性が高いと告げられた事を話しました。それから後、扁桃腺とリンパにも癌を発症したこと。医師達の素晴らしい能力により、またさらに素晴らしい本当に多くの人による信仰の祈りにより、2年半後には癌から解放され、健康な身体を取戻すことができたことも話しました。そこで熱心に聴き入っていたのが超正統派ユダヤ教徒、宗教心の厚いイスラム教徒、世俗的なユダヤ人やアラブ人、外国からの異邦人でした。そこにいた皆が癌と闘っている最中の方々で、その中で私は勝者として立ち上がったのです。

その場の注目を集めたところで、私がイェシュアをユダヤ人と世界全体の救い主でえると信じるユダヤ人である事を伝えてクロージングしました。私は主に栄光を捧げ、イェシュアへの信仰が私たちの身体の治癒力を開放するということを伝え、皆を勇気付けました

そうして一人一人に微笑みかけ、祝福しました。私が退席すると多くの方が賞賛の拍手をしてくれました。

私が座ったとき、ジャッキーと私は何が起こったのか信じられませんでした。私たちは神さまが為さったその業に、驚き、畏敬の念を感じました。私が望んできた事でしたが、私自身が思いもよらないタイミングで実現したのです。