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 2016年4月15日

過越の祭りの3次元的な意味合い

アシェル・イントレータ

過越の祭り(ペサッハ)の話しには次の3つの次元からなる意味があります。

  1. エジプトからの脱出
  2. イェシュアの福音
  3. 終末の思想的枠組み
  1. 脱出

過越とエジプトからの脱出についてのストーリーは、旧約聖書の中で最も重要な役割を担っています。創造主なる神が、虐げられた民を救うため、また社会正義をもたらすため、普遍的な倫理観となる法を確立し、世の国々の中から「選ばれた人々」の一群(その人々はやがてユダヤ人と異邦人から成ります)を立て上げるために、人類の歴史に介入されたのです。

神さまはYHVH、聖であり、哀れみと約束の神としてご自身を現わされました。彼は祭司をして血の犠牲により、あがないを与えるようにされました。出エジプトは父祖の時代から約400年後という歴史上で丁度ときの満ちた時点で起りました。この神の約束の民は、たった1家族からアブラハムとともに始まりましたが、モーセの時代には200万人を越える国となっていたのです。

神さまは過ぎ越しの季節(春の始まりの最初の満月)を、あがないを顕す舞台として選びました。

  1. 福音

イスラエル人は、鴨居に塗った子羊の血に対する信仰によってエジプトでの死の御使いから解放されました。子羊の血で彼らはあがなわれたので、それなしには彼らには何もなかったのです。生と死は子羊の血に掛かっていたのです。彼らがシナイ山で律法を受取ったとき、神さまは毎日供えられる犠牲の血のシステムを開始されたのです。古代イスラエルの全ての信仰の局面は血によって封印された契約に基づいているのです。

動物の犠牲は明らかに象徴的です。人類にとっての真の血のあがないは、人により、それも完璧な人によるものでなければなりません。過越の子羊により、また全ての動物の犠牲により象徴されるところの、その完璧な人は、福音の中でイスラエルおよび全人類に啓示されています。その方こそが、神の子であり、ダビデの子なるメシア・イェシュアなのです。

古代イスラエルが象徴的に子羊の血で贖われたように、全人類は「神の子羊の血」によって永遠に贖われるのです。血の犠牲の中心的重要さは変わっていません。それは福音を通じて、最大限に啓示されます。イェシュアの犠牲は私たちに罪のあがないを提供し、つまり彼の復活によって私たちに永遠の命が与えられます。そこには、あがないや復活を与えたりする誰か別の人も、そうような可能性さえもないのです。

  1. 終末のとき

過ぎ越しの祭りにはもう1つ別の次元の意味があります。ラビたちは最終的なあがないは、最初のあがないとそっくりだと言います。このことは、地上に王国を建て上げるためメシアが栄光に包まれて再臨されるときは、エジプトからの脱出と似ていることを意味しています。ダンジャスターは彼の本「Revelation: the Passover Key啓示:過越しの祭りの鍵」でこの類似について記しています。

そしてパロは、まだ来ていない反キリストの象徴なのです。悪霊的な圧迫感は似ています。災いが世界にやって来るのは、悪に対する裁きであり、人々に悪から立ち返ることを促しています。ゴシェンのイスラエル人のように、真の信仰者は守られ、神さまの力と恵みを経験するのです。そしてモーセとアーロンがそうしたように、預言の言葉が2人の証人により伝えられます。最終的には葦の海での勝利のように、劇的で素晴らしい解放がもたらされます。

今この季節にあっては、私たち自身を清め、神さまがこの時代において私たちに用意されている預言的な目標に向かって準備して行きましょう。


天が開かれるには

このメッセージではアシェル・イントレータが、どのようにすれば天が開き、祝福が降り注がれるのを見ることができるかの鍵についてお話ししています。韓国語訳付きの英語でご覧になるには、こちらをクリック!