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2015年7月24日

エクレシアの源を再発見する

コディ・アーチャー

私は、聖霊が「エクレシア(ギリシャ語で教会、ヘブライ語ではケヒラー)」という言葉を強調されている時代に生きていることを信じています。それは、エクレシアの元々の意味を再発見し、そこに歩むのを助けて下さっているのです。

聖書全体を通して、私たちは神の御国の霊的な現実を語るのに、当時の世俗言語が使われているのを知る事ができます。使徒という言葉の元の意味を考えて見てみましょう。新約聖書が書かれる前、フェニキア人とギリシャ人は特定の任務のために艦隊を送り出し、または新しい領土を植民地化するために航行しました。旗艦の艦長を「使徒」と呼び、教会はこれらの船のようなものであり、それらは使徒によって率いられていました。使徒は王によって派遣され、地を植民地化し、天の文化を地上にもたらすために送り出されたのです。

統治するために呼び出される

今日の、エクレシアの定義は元々の文脈や意味に基づいていません。新約聖書が書かれた数世紀前、ギリシャ人はエクレシアという言葉を、統治を目的とした市民のグループに使っていました。このグループは、18歳以上の6千人の男性で構成されていました。彼らは定期的に集まって新しい法律の提案、軍事戦略、そして判事の選出などを行っていました。

ギリシャ人がこの言葉を作り出しましたが、実際にはローマ人がそれを取り入れ、発展させ、そして彼らの帝国の中心に「エクレシア」の機能を据えました。エクレシアはローマ皇帝/王の周りに集められ、彼の言葉を聞き、記録しました。そして、皇帝の意思や望みが帝国全土で実行に移されることを彼らは見るのでした。

これこそエクレシアが最高統治者-王であるイエシュアの元、統治者として機能するために招集されるのです。私たちは闇の王国から呼び出され、近しく親密に王の周りに集まるのです(コロサイ1:13)。私たちは主の御言葉を聞き、主のご意思、ご計画、そして戦略を記録する書記のように行動するのです。そして、主の権威の元、主とのパートナーシップの元、私たちは主のご臨在の中で聞いた事に従い、行動するように委託されているのです(マタイ28:18-20)。

王の意図を広める

これこそイエシュアがマタイ16:13-19で伝えたものです。主が彼の弟子たちにこう訪ねました。「人々は私を誰と言っていますか」ペテロは答えました。「あなたはキリスト(油注がれた王)、生ける神の御子です」そしてイエシュアはこの啓示を元に主のエクレシアを建てると言われました。(もちろん、元々の対話において、イエシュアが使った言葉はヘブライ語/アラム語の「ケヒラー」ですが、その後福音書を読んだ、あるいは福音を聞いたギリシャ人読者はそれを「エクレシア」と言いました。)言い換えると、「あなた方はローマにおいて、エクレシアが彼らの王の下、統治の権威を以て機能させているのを見てきました。しかし、今や私のエクレシアを打ち立てる時がきました。私が頭であり王であり、地獄の門は私の政府の広がりを止める事ができません。」

新約聖書における、エクレシアの元の統治を行うという意味は、神が人類に与えた命令と直接関係します。創世記1:26「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」 これは、支配、統治、秩序、管理、保護、維持そしてそれ以上を表します。私たちは地上のすべて、生けるものや資源を支配するよう召命を受けたのです。

私たちはすべてのものを回復するのに近づいています。この過程の一部にはイエシュアの世界的なエクレシアが自身の元のアイデンティティを再発見することが含まれています。すなわち、エクレシアが統治を行うグループとして呼び出されて王であるイエシュアの指導の元、地上と社会の全側面を統治するのです(使徒1:8)。


ケヒラー・ニュース

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自信と心の平安

アシェル・イントレーター

ある国際的に知られている個人トレーナーが最近このアドバイスを述べました。「厚い皮膚と柔らかな心を育てなさい」私たちは人々から攻撃によって傷付いたり気分を害する必要はないのです。同時に、他者の傷や攻撃に敏感になる必要があります。医者や看護師は専門家としてこれらの態度を身につける必要があります。

カリスマ性のある、威勢のよい美しい右翼的な国会議員であるアイェレット・シャケッドは最近テレビのインタビューで質問されました。「人々があなたに言う事すべては気に障りませんか」彼女の答えは単純に、「もしこの世界で何か良い事をしようと思うなら、自分について悪口を言う人々にいちいち聞いていられない。」(伝道者の書7:21を参照

有名な司祭であるブラザー・ローレンスは彼の著書「神の臨在を実行する」において、いつも物事を考え続ける事はできない、と書いています。神を信頼し、主が指示する事に従って行なわなければなりません。もし分析しすぎていつも考え続けると、心配、抑鬱、霊的な麻痺が起こります。

イエシュアへの信仰を通して霊的な平安があります。そこでは、世界のすべての悪によって影響を受ける必要がないのです。確かに、世界には多くの悪があります。しかし、神は私たちを愛され、主は常に強力であり私たちと共におられます(ローマ8:31-39)。それゆえ、私たちは環境に左右されず平安を維持することができるのです。


神の愛

この音声メッセージにおいて、エディ・サントロは神の犠牲的な、終わりのない私たちへの愛を語っていま。

この愛は私たちの価値や、私たちを主に近づけるものの定義、そして私たちに与えられた主からの召命に続けて歩むよう励ますように語っています。英語で聴くために、こちらをクリックして下さい。